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(鉄道)暗い話です。ご注意下さい。
今回の記事は、人によっては、嫌な思いをするかもしれません。
でも、どうしても、今思っていることを書きたかったので、語らせて下さい。


明日16日は、JRのダイヤ改正日です。
今回は新幹線の新車があるので、そちらはにぎやかになるでしょう。

しかし、この言葉を忘れてはいけません。

「出会いがあれば、必ず別れがやってくる」ということを。







常磐線のE651という車両を、皆様はご存知でしょうか。


「スーパーひたち」として活躍した車両です。
国鉄からJRへ変わった後、JR東にてデビューした車両なので、とても象徴的といってもいいと思います。




E651がデビューした日 

3月11日


あの地震があった日









私は3月末に東京へ。すぐ上野駅特急ホームへ行きました。


17番線をみて、泣きそうになりました。


駅員も乗客もいません。
電気も消されていました。
電光掲示には、「準備中」の文字。
入り口は閉鎖されて、入れないようになっていました。


そして・・・E651がいました。



ただずっとそこにいました。
車内に明かりはなく、ライトもついてません。

ただ暗く静かにいました。


この光景を見て、とても泣きそうになりました。

気持ちが整理できず、ただ呆然としていました。


あの頃、時間の許す限り、いました。
時々、柵まで近づいて車両を見つめたりしました。

その日の夜。
寝る前に思い出してしまい、本当に泣いてしまいました。

-なぜ、こんなことになってしまったの-


今でも、あの光景(あの時の17番線ホーム)を忘れることができません。







常磐線は、過去に日本鉄道で海岸線と呼ばれていました。

その名の通りの鉄路です。
すべての復旧には時間がかかる。
それに拍車をかけるように、あの事故が起き、今も苦しめている。


この子が「仙台行」として行くことは不可能に近かった。
なぜなら、JR東側で定期運用から外されることが、以前発表されていたから。


あの時のE651は、走ることもできず、ただホームにいるだけ。
暗いホーム、無関心な人々。ただまた走れる日を待つ日々。

たくさんの人がいるにも関わらず、誰一人足を止めない。

「無関心」

とても恐ろしく悲しいこと。


年月は過ぎ、走れるようになっても、行き先は「いわき」


そして、今日を迎えるのです。





人に誕生日があるように、鉄道にもそれがあります。
人に死があるように、鉄道にも役目を終える日があります。


どうか、忘れないで下さい。


あの日、走り初めた車両がいたことを。







E651さん。

ついにこの日が来てしまいましたね。

ファンの皆様があなたのところにくるでしょう。

きっとたくさん人がそれぞれの思い出を持って。

とてもさびしいです。

捨てられたなんて
そんなこと思わないでね。


少し休むだけ...だよね。






常磐線を走っていたこと忘れないよ。

生まれてきてくれてありがとう。

別れ04


本当にありがとう。

別れ05


あなたに出会えてよかったです。

大好きだよ!E651さん!


[2013/03/15 06:51 ] | 鉄道 | コメント(0) | トラックバック(0)
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